三重県の出身者や三重県に ゆかりのある人物を掲載しています。
※出身地は現在の市町村などで表しています。
政治家・官僚
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | |
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出身者 | 左藤義詮
さとう ぎせん |
1899年~1985年 | 三重県 | 大阪府知事として大阪万博開催に尽力した政治家 |
出身者 | 木村俊夫
きむら としお |
1909年~1983年 | 東員町 | 佐藤栄作の側近として、沖縄県の「核抜き本土並み返還」の実現に尽力した政治家 |
武将・武士
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | |
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出身者 | 北畠具教
きたばたけ とものり |
1528年~1576年 | 三重県 | 伊勢・志摩を支配し、北畠家の最盛期を築いたが、織田信長に攻められ屈した戦国大名 |
出身者 | 九鬼嘉隆
くき よしたか |
1542年~1600年 | 志摩市 | 九鬼水軍を率い、織田信長や豊臣秀吉などに仕えた武将 |
ゆかり | 本多忠勝
ほんだ ただかつ |
1548年~1610年 | 愛知県岡崎市 | 徳川四天王の1人であり、初代大多喜藩主・初代桑名藩主となった大名 |
ゆかり | 蒲生氏郷
がもう うじさと |
1556年~1595年 | 滋賀県日野町 | 豊臣秀吉に仕え、黒川城主として92万石の大名に出世した戦国武将。松坂城を築城する。 |
ゆかり | 藤堂高虎
とうどう たかとら |
1556年~1630年 | 滋賀県甲良町 | 何度も主君を変えると共に、多くの城を手掛けた戦国時代の武将。初代津藩主 |
出身者 | 高田又兵衛(高田吉次)
たかだ またべえ |
1590年~1671年 | 伊賀市 | 宝蔵院流高田派槍術の祖である、江戸時代の槍術家 |
実業家
名前 | 出没年 | 出身地 | 概要 | |
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出身者 | 三井高俊
みつい たかとし |
1622年~1694年 | 松阪市 | 江戸時代に呉服店「越後屋」を開業し、後の三井財閥の基礎を築いた経営者 |
出身者 | 河村瑞賢
かわむら ずいけん |
1617年~1699年 | 南伊勢町 | 江戸時代に東廻り航路を開いた商人 |
出身者 | 大黒屋光太夫
だいこくや こうだゆう |
1751年~1828年 | 鈴鹿市 | 江戸時代にロシアに漂流し、エカチェリーナ2世に謁見した商人 |
ゆかり | 稲葉三右衛門
いなば さんえもん |
1837年~1914年 | 岐阜県海津市 | 廻船問屋の経営者で、私財を投じて、四日市港を近代的な港とし、四日市の発展に貢献した人物 |
出身者 | 村山龍平
むらやま りゅうへい |
1850年~1933年 | 玉城町 | 「朝日新聞」の創始に携わり、「朝日新聞」を大新聞社に発展させた実業家・政治家 |
出身者 | 伊藤伝七(10代目)
いとう でんしち |
1852年~1924年 | 四日市市 | 明治時代に紡績会社「三重紡績」を創業した経営者 |
出身者 | 長谷川藤次郎
はせがわ とうじろう |
1855年~1933年 | 三重県 | 魚網の改良などを行い、八戸漁業の近代化を行った実業家 |
出身者 | 門野幾之進
かどの いくのしん |
1856年~1938年 | 三重県 | 保険会社「千代田生命保険」などの創業を行った実業家・政治家 |
出身者 | 御木本幸吉
みきもと こうきち |
1858年~1954年 | 鳥羽市 | 真珠王とも呼ばれた、宝飾品の製造・販売を行う「ミキモト」の創業者 |
出身者 | 伊藤伝七(11代目)
いとう でんしち |
1878年~1960年 | 四日市市 | 父・伊藤伝七(10代目)の紡績会社を引き継ぐと共に、三岐鉄道の計画に携わるなど、四日市や北勢地方の発展に尽力した経営者 |
ゆかり | 石原広一郎
いしはら ひろいちろう |
1890年~1970年 | 京都府京都市 | 化学メーカー「石原産業」の創業者 |
出身者 | 天野修一
あまの しゅういち |
1890年~1976年 | 鈴鹿市 | 機械メーカー「アマノ」の創業者 |
出身者 | 伊東ハンニ
いとう はんに |
1898年~1969年 | 亀山市 | 『国民新聞』社長、相場師、愛国者、太平洋戦争反対者など、様々な面をもった人物 |
出身者 | 伊藤傳三
いとう でんぞう |
1908年~1981年 | 四日市市 | 食品メーカー「伊藤ハム栄養食品」(現:伊藤ハム)の創業者 |
出身者 | 大桑勇
おおくわ いさむ |
1915年~1999年 | 熊野市 | スーパーマーケット「オークワ」の創業者 |
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